Credo dio

こんばんは(Bouna sera)。まあなです(Sono maana)。今夜(stasera)も、夜(notte)空(cielo)いっぱい(tanto)に、無数の(innumerabile)星(stella)たちが、それぞれ(rispettivamente)、自信(fiducia)たっぷりに、きらめ(brillare)いていますね。そんな(tale)星(stella)たちに、見守(guardare con attenzione)られながら、今日(oggi)も、一日(un giorno)、無事に(sano e salvo)、健やか(sano)に、生きる(vivere)ことが出来(potere)たことに、感謝(ringrazione)しながら、床に、就(andare a letto)きたいと、思(supporre)います。
気が付(riprendere i sensi)けば、急に(all'improvviso)、驚く(rimanere)ほど、涼し(fresco)くな(trasformarsi)りましたね。朝(mattina)晩(notte)は、肌寒い(freddino)ぐらいで、掛け布団が、欠か(senza fallo)せません。まるで(come se)、先週(settimana scorsa)の暑さ(caldo)が、嘘(bugia)のようですね。今年(questo anno)の夏(estate)は、いかが(come)お過ご(passare)しでしたか…?異常な(straordinario)猛暑日(caldo feroce giorno)が、続(continuare)きましたね。私(io)自身(se stessa)、健康(salute)で、割と、暑さ(caldo)に、適応(essere addatto)できる体質(costituzione)だったけれど、今年(questo anno)は、連日のように、身体(corpo)と、心(cuore)いっぱい(tanto)に、悲鳴を、あげ(urlare)ていました。頑張(sforzarsi)り過ぎ(passare)たこともあるのでしょうか…?何と(che)、お盆期間(periodo)は、炎天下(sotto il sole cocente)の中(interno)、片道(soro andata)一時間(uno ora)、えんえんと、自転車(bicicletta)を、こいで、通勤(andare a ufficio)していました。そして(poi)、合間(intervallo)に、職業(mestiere)安定(stabilita)所(posto)に行(andare)って、職(lavoro)探(cercare)しや、家(casa)の掃除(pulizia)など(e cosi via)、あれやこれや(qua e la)と、ひっきりなしぐらい、動(muoversi)き回(girare)って、確か(certo)に、思い出(ricordare)せば、限界(limite)を、越える(passare)ぐらい、頑張(sforzarsi)り過ぎ(passare)ていたと、思(supporre)います。きっと(senz'altro)、自分(se stessa)こそ、大丈夫だと、過信(troppo fiducia)していたのでしょうね。2週間前(due settimane fa)、職場(ufficio)で、目(occhio)の前(davanti)が、真っ白(tutto bianco)になって、意識(coscienza)が、薄(leggero)れかけて、仕事(lavoro)が、でき(potere)ない状態(stato)になるまで、そうでした。その時(quello tempo)は、何にも(niente)、把握できなくて、自分(se stessa)の心(cuore)が、仮(provvisorio)死(morire)しているようで、つら(duro)かったけれど、改めて(di nuovo)、時(tempo)には、頑張る(sforzarsi)ことへのブレーキをかけ(frenare)て、自分(se stessa)の身体(corpo)と、心(cuore)を、いたわ(avere cura di)ってあげることの大切(importante)さを、思い起こす(ricordare)ことができ(potere)て、貴重な(prezioso)体験(fare esperienza)にな(trasformarsi)りました。
今日(oggi)一日(un giorno)、久しぶりに(dopo lungo tempo)、何故(perche)か、憂鬱な(malinconico)気持ち(sentimente)に、陥(cadere)っていました。特に(specialmente)、これ(questo)っていう、大きな(grande)要因(fattore)がなく、最近は(di recente)、割と、平穏な(calmo)日々(giorni)を、送(passare)っているけれど、涼し(fresco)くなったと、同時に(nello stesso tempo)、夏(estate)への思い残(resto)しが、ある(avere)のでしょうか…?まるで(come se)、心(cuore)いっぱい(tanto)、もやもやとした、霧(nebbia)に、覆(coprire)い被されているようです。なかなか(abbastanza)、就職(trovare il posto)が、決ま(essere deciso)らないことへの焦(essere impaziente)りもあるのかもしれません。そして(poi)、何(cosa)よりも、根本的な心(cuore)の問題(problema)、トラウマによる、自分自身(se stessa)への自信(fiducia)のなさが、大きい(grande)のかもしれません。とにかく(comunque)、漠然とした(vago)不安(ansia)、恐怖(paura)など(e cosi via)、また(ancola)、いろんな(vario)葛藤に、胸(petto)が、押しつぶ(schiacciare)されそうで、息(fiato)苦しい(penoso)のです。私(io)自身(se stessa)の今まで(finora)の人生(vita)において、年(anno)に、何度か、定期的(regolare)に、そんな(tale)状態(stato)が、訪れ(visitare)ていました。また(ancola)、これからも(d'ora in poi)、きっと(senz'altro)、突如(all'improvvisoとして、それ(quello)が、訪れる(visitare)ことでしょう。その時(quello tempo)は、出来(potere)れば、あれやこれや(qua e la)と、思考する(pensare)ことを、ストップ(fermare)して、自分(se stessa)に、「大丈夫、大丈夫」と、言(dire)い聞(sentire)かせて、時(tempo)の流れ(corerre)に、従う(ubbidire)ようにしようと、思(supporre)います。
神様(dio)、あなた(ti)に、何もかも(tutto)、委ね(affidare)て、心(cuore)の底(fondo)から、あなた(tu)への、信頼(fiducia)を、置(mettere)けることが出来(potere)たら、いいのに、どうして(perche)、私の(mio)心(cuore)は、こんな(cosi)にも、こんなにも、不安定(instabile)なのでしょう。自分(se stessa)が、嫌(sgradevole)になったり、周り(circonferenza)の視線(sguardo)が、気に(preoccuparsi)なったりと、将来へ(futuro)の不安(ansia)で、いっぱい(tanto)になったりと、思い煩(disturbare)いは、絶え(estinguersi)ません。私(io)は、今(ora)、どうしたら、いいのか、分か(capire)らなくて、途方にくれています。神様(dio)、どうか(pregare)、こんな(cosi)私(io)を、あなたの(tuo)み心(cuore)のままに、正しい(corretto)道(strada)を、導(condurre)いてください。どうか(pregare)、私の切実な願いを、聞(sentire)き入れ(mettere)てください。 いつまでも(per sempre)、「デオ・グラツィアス」と、生き(vivere)ていくことができ(potere)ますように…。
Il sette settembre venerdi,mazzanotte e mezz'ora

フルリーナさんへ
フルリーナさん、こちらこそ、ありがとうございます(^^)私のありのままの心を、さらけ出した、つたない綴りに、そんなふうに、おっしゃってくれて、とても、嬉しいです。私が、触れて、感じて、思ったことが、より、たくさんの人の心に、響いたらと、思っています。
本当に、私たちが、こうやって、生きているって、何か、大きな意味を、感じざるを得ないですね。日頃は、当たり前のように、生きているのだけど、時には、全知全能の神様、私たちのこと、全て、ご存知で、全てを、良いように、計らってくださる神様と、向き合う、心のゆとりって、大切ですね。私たちが、こうやって、存在して、生きているまでにあたって、溢れるばかりの神様の愛で、築かれきた、想像を、遥かに、超えるぐらいのたくさんの命の繋がりがあったのですね。全ての存在、全てのことに、神様の愛がある、だから、どんなことにも、誰に対しても、そこに、神様の愛を感じて、感謝する心、いつまでも、忘れずにいたいですね。とは言っても、なかなか、難しいけれど(^^;)
フルリーナさん、これからも、神様の愛の中で、お互いの命を、大切にし合って、生きていきましょうね(^-^)