真実の幸せ

こんばんは。まあなです。今日から、また、一週間、始まりましたね。今週も、自分らしく、自分のペースで、頑張っていきましょうね。よろしくお願いします。今日も、まるで、主の昇天という神秘を、祝福しているような、見事な、五月晴れでしたね。自然の息吹を、たくさん、感じることが出来て、今日という日を、十分、満喫することが出来ました。今夜も、今日、1日、健やかに、生きることが出来たことに、感謝して、明日への希望を、抱きながら、床に就きたいと、思います。
今、昨日、教会で、頂いた、洗礼台帳のコピーを、眺めていて、心が、いろんな想いで、いっぱい、いっぱいになっていました。やっと、ここまで、たどり着いて、心と、身体、いっぱいに、神様のことを、感じることが出来て、この上ない、喜びに、満たされています。ここまで、たどり着くのに、回り道したり、寄り道したり、時々、立ち止まったり、時には、後ろを、振り返ったりと、遠い道のりで、本当に、大変でした。今までの人生を、振り返ってみれば、苦難だらけで、辛さ、苦しみ、悲しみを、いっぱい、味わってきて、何度も、先が見えなくなって、絶望感を、感じたり、そんな自分に、自信を、無くしたりと、長年、「生きる目的」や、「自分の存在意義」などが、分からなくて、暗闇の中を、途方もなく、もがいている状態でした。それでも、今までの経験の積み重ねで、得て、学んだことを、糧にして、自分なりに、生き易い方法を、追求して、模索したりしているうちに、ある日、一点の光を、見出して、その光へ、向かって、歩み出すことが出来るようにと、支えてくれる、暖かさに、出会いました。それが、きっと、初めて、感じた、神様の愛の息吹という、聖霊の賜物だったと、思います。それから、徐々に、私の中の何かが、変わり始めました。環境、人間関係など、外的なところは、なかなか、変わらないかもしれないけれど、私の心の持ち方、感じ方、受け止め方次第で、人生が、変わるということを、悟ったのです。確かに、私の人生、大きく、変わりました。聖霊を、頂く前は、全てのことにおいて、意味を、感じることが出来なくて、マイナス思考だったけれど、聖霊を、頂いてから、それらのこと、一つ一つに、意味があると、感じることが出来て、プラス思考になり、前向きに、生きられるようになりました。
神様の子供として、豊かに、聖霊を、頂きながら、生かされている、今、幸せについて、考える余裕が出来ました。私にとって、幸せとは、何か、真実の幸せとは、何か、永遠のテーマで、その解答は、なかなか、見つからないかもしれないけれど、このように、幸せについて、思い、考えることが出来る、この時間は、改めて、自分を、見つめ直すことが出来て、とても、充実したものだと、思います。目を、瞑って、自分にとって、幸せとは何か、思い巡らしてみました。女性として、愛しい人と、支え合って、愛を、育みながら、暖かい、家庭を、築いていくこと、または、修道女として、最も、天国へ、近いところで、神様のために、神様に、自分の全てを、捧げていくこと、それとも、今の家族、母と妹と、支え合って、そして、社会生活に、おいて、周囲に、神様の愛を、証していくことなど、いろんな形の幸せが、ありますね。
今のところ、何が、自分にとって、一番の幸せなのか、分からないけれど…、どうしたら良いか、分からないけれど…、神様に、自分の幸せを、お任せして、神様の御手に、委ねて、神様の御心のままに、自分にとって、良い方向へ、歩んでいくことが、出来るように、祈りながら、1日1日、一時一時、悔いのないように、精一杯、生きていけたらと、思います。
今の自分は、愛しい人のことで、心がいっぱい、いっぱいで、愛しい人の愛しさに、触れたくて、触れたくて、仕方ないけれど…、もう、2度と、会わないと、決意している限り、それは、遙かな夢のことです。でも、同じ、神様の子供として、愛し愛されながら、生かされているから…、きっと、心のどこかで、通じ合っていると、信じています。愛しい人の愛しい心、眩い笑顔、優しい声…、愛しい人の何もかもが、愛しい人を、通しての神様の恵みと、思って、いつまでも、心に、秘めておきたいと、思います。
明日、5月22日は、私の誕生日で、晴れて、26歳になります。25歳として、一年間、いろいろあったけれど、全てのことが、神様のお計らいの下だと、感謝と、喜びのうちに、健やかに、生きることが出来ました。何よりも、受洗して、カトリック信者になることが出来て、私の心は、神様の愛に、満たされています。今年も、また、一年間、いろいろ、あると、思うけれど、昨年と、同様、全てのことに、喜びを、見出して、感謝すること、与えられた、一つ一つのこと、精一杯、すること、周囲への思いやりの心を、大切にすることを、抱負にして、自分らしく、自分のペースで、生きていけたらと、思います。
今夜も、「デオ・グラツィアス」と、神様のお側で、心安らかに、休むことが出来ますように…。
気が付けば、5月22日になっていました。お誕生日おめでとう。神様、私に、この世で、愛し愛されながら、永遠の幸せを、生きるために、かけがえのない命を、授けて下さったこと、感謝します。世界中の全ての人が、その真実に、気付き、健やかに、生きていくことが出来ますように、お祈りしています。